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ファリネリとカストラートのアリア |
ベルギー、フランス、イタリアの合作映画「ファリネリ」 (1994年)が大ヒットしたおかげで、カストラートのために書かれた作品が注目されるようになった。もちろん残酷で非人道的な去勢の習慣は もはや存在しないので、現代の聴衆に残された選択肢は、ソプラニスタ、カウンターテナー、メゾソプラノ、そしてコントラルトによる近似的なパフォーマンス である。 ここではこれまでにリリースされた「ファリネリ」関連のCD(そしてDVD)をサンプルクリップを交えて紹介する。 |
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ファリネリのように歌うことができるシンガーは、もちろん今や誰もいない。4オクターブを越える驚異の声域や、一息で250の異なる音 を発声できたとされる肺活量は、不現代のシンガーにとって可能以外の何物でもない。この問題に直面したプロデューサーらは、ソプラノとカウンターテナー、 2人のシンガーの声をデジタル処理して1つにするという、映画史上これまでに例を見ない斬新な手法を起用した。この方法は「サウンド・モルフ」と称され、 本質的にグラフィック・モルフと同様の原理で機能する。声の質が非常によく似ていることから、エバ・マラス・ゴドレフスカ (ソプラノ)とデレック・リー・レーギン(カウンターテナー)の2人が選ばれた。この非常に興味深い「サウンド・モルフ」については Sony Online のサイトで詳しく解説されている。 CDに添付のブックレットはきわめて簡単なものでアリアの歌詞は掲載されていない。またカバー写真の奇妙なかぶり物は、ナイチンゲール (夜鳴きウグイス)を表したコスチュームの一部である。当時カストラートの声は夜鳴きウグイスのさえずりに例えられ、数多くのナイチンゲール (usignuolo)アリアがカストラートのために書かれた。
この映画のあらすじは、著名なカストラートであったファリ ネリの伝記におおまかに基づいている。ファリネリの本名はカルロ・ブロスキで、作曲家のリカルド・ブロスキは彼の兄である。カストラートを扱った著作物と しては 「心ならずも天使にされ―カストラートの世界」フーベルト・オルトケンパー著、荒川、小山田、富田(翻訳)(原題:Engel wider Willen. Die Welt der Kastraten. Eine andere Operngeschicht)が18世紀イタリアにおける去勢歌手の習慣を詳しく分析しており、興味深い。フーベルト・オルトケンパーは、下で紹介するCapriccioの「Die Welt der Kastraten」の解説も書いている。Amazon.co.jp
アリス・クリストフェリスは、ギリシア出身のソプラニストで、バロック音楽だけでなく、彼の声のために書かれた現代音楽も歌っている。 このCDにはしっかりとしたブックレットが付いており、アリアの歌詞とその訳も掲載されている。クリストフェリスの声を金属的だと言う人もいるが、音程の 正確さで彼をしのぐソプラニストはいないと思う。 クリストフェリスの声には限りなく透明なダイヤモンドの輝きがある。さわると確かに冷たいのであるが、その美しさは比類がない。クリストフェリスに関する より詳しい情報は、アンドレアスさんのMale Soprano Website とジャンさんの The Aris Christofellis Voice Page にある。
アンジェロ・マンゾッティは、イタリアのソプラニストで、数多くのバロックオペラ、ならびに宗教音楽に出演している。彼の声の質は前出 のクリストフェリスとはかなり異なる。音程の確かさではクリストフェリスに及ばないが、何とも言えない暖かみのある陽気で明るい声である。思わず一緒に歌 いたくなるこのCDに歌詞が付いていないのは、非常に残念である。マンゾッティのより詳しい情報は以下のリンクを参照されたい。Male Soprano Website および Angelo Manzotti official site
アルノ・ラウニヒはオーストリア出身のソプラニストであ る。彼の声は私には成人男性の声と言うよりも少年アルトに近く聞こえる。このCDは長らくオーストリア国内のみでしか入手できなかったが、2002年6月 現在、イギリスのオンラインCDショップ、Disc Importers Musicからカタログ番号CAFFA CD 002として注文できる。簡単なブックレットには歌詞は掲載されていない。ラウニヒのより詳しい情報は以下のリンクを参照されたい。Male Soprano Websit
私のコレクション中で、唯一女性が歌うファリネリのアリア集である。アメリカのメゾソプラノ、ビビーカ・ジュノーの声は、女性的で男性 ソプラノとはだいぶ異なるが、彼女は優れたシンガーである。音程は非常に確かであり、コロラチュラは息をのむほど美しい。これまで女性が歌うカストラー ト・アリアにはあまり興味がなかったが、このCDだけは別物だと感じた。 特筆すべきは、ヤーコプスがバロックオペラに不可欠な装飾音をジュノーのために書いたことである。ファリネリの時代には、ステージでア リアに装飾音をつけるのはシンガーの役目であった。装飾音やバリエーションがなければ、ダカーポアリアは非常に単調なものになってしまう。このCDには歌 詞とその訳も掲載されたぶ厚いブックレットが付いているが、特製ケースの一部になっているので出し入れの手間がかからず非常に便利である。Vivica Genauxのオフィシャルサイト |
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このCDの最初のバージョンは1986年にリリースされ た。そして後の1994年に映画ファリネリの公開とほぼ期を同じくして、内容に変更を加えて再度リリースされた。ここに掲載したカバーは1994年版のも のである。EMIから出ている他のクリストフェリスのCDには全てしっかりした解説が付いているのだが、このCDにはアリアの出典以外の情報がないのが残 念である。クリストフェリスに関しては次を参照されたい。Male Soprano Website および The Aris Christofellis Voice Page
アラン・ゼーフェルはフランス出身のカウンターテナーである。彼の声域は必ずしも広いとは言えないが、声質に は可憐な美しさがある。英語のアリアをフランス語なまりで歌っているのもご愛敬といえよう。グァダーニ(1729-1792)は、グルックのオペラ「オル フェオとエウリディーチェ」の初演で、オルフェオを演じたアルト・カストラートである。このCDの最初のリリースは1987年で、1996に再リリースさ れた。 ここに掲載したのは1996年版のものである。添付のブックレットに歌詞は掲載されていない。2002年6月現在、このCDは異なるカバーデザインで 「Accord Baroque」シリーズの1枚になっているが、フランス国外では入手できないようである。 Amazon.fr
このCDもファリネリブームの前 に録音されたものであるが、映画公開後、同一内容でトラックの順序を入れ替えて再度リリースされている。上の写真は再リリースされたCAMEO版のもので ある。より詳しくは既出の Male Soprano website を参照されたい。2002年6月現在、このCDは英国の Disc Importers Music から購入できる。
これは私がカストラート・アリアのコレクションを始めるきっかけになった1枚、と言うことで特記に値する。この編集アルバムの優れた点 は、他レーベル(Capriccio および Virgin)とのライセンス契約によって、非常にバラエティに富んだ内容を提供していることである。選曲には偏りがなく、有名なアリアと有名な歌手のほ とんどを網羅している。 ただしこのCDに収録されている曲の全てがカストラートのために作曲されたものではない。パーセルの頌歌は英国スタイルのファルセッ ト・シンガーのために書かれたものであり、生涯のほとんどを地方教会のカペルマイスターとして過ごしたJ.S.バッハの聖歌隊にカストラートはいなかっ た。当時のドイツでは女性が教会で歌うことは禁止されていたから、バッハは恐らくこれらのアリアを少年アルト、もしくはファルセット・シンガーのために書 いたのではないだろうか。 特記すべきは「システィナ礼拝堂最後のカストラート」として知られるアレッサンドロ・モレスキが1902年に残した、非常に古い音源が 収録されていることである。モレスキに関するより詳しい情報は、Male Soprano website を参照されたい。添付のブックレットは仏語と独語のみの簡単なもので、歌詞は掲載されていない。 ドイツのレーベル Capriccio からの編集アルバムである。同レーベルは上のEMI版にも何曲か提供しているが、このCDはそれとは重複がないように選曲されている。作曲家、シンガーの 顔ぶれ共にドイツに重きを置いた内容になっており、EMI版ほどのバラエティはない。しかしあまり知られていない優秀なドイツのカウンターテナーが収録さ れている点で、興味深い1枚といえる。 解説は上のファリネリDVDで紹介した「心ならずも天使にされ―カストラートの世界」の著者、 フーベルト・オルトケンパーが書いており、英訳と仏訳が付いている。他の編集アルバム同様、歌詞は掲載されていない。
この編集版の内容は前掲の2枚に比べて、作曲家およびシンガーの数とも非常に限られている。サンプラーとしての役割をほとんど果たして いない点で、このCDは同格点に達していない。
このCDは、モーツァルトとその家族の手紙に出てくるカストラートのために書かれたアリアを集めている。私が好きな逸話は、W.A. モーツァルトがセカレッリの宿泊を断るために書いた手紙である。「セカレッリのことですが、たった一晩でも不可能です。ここには一部屋しかなく、あまり大 きくもないのでタンスや机、そしてクラビアで満杯で、もう一つのベッドを入れるゆとりがありません。そして一つのベッドで寝ることは........未来 の妻とだけにしたいと思います。」(W.A.モーツァルト、1781年11月17日、ウイーン) 添付のブックレットは非常に充実しており、それ自体でおもしろい読み物になる。さらに感心するのは、この学術的な解説をクリストフェリ ス自身が(フランス語で)書いていることである。英語とドイツ語の訳がつけられており、アリアの歌詞とその訳も掲載されている。Male Soprano Website および The Aris Christofellis Voice Page
ヘンデルのカストラート・アリアを集めた1枚である。何よりも決まっているのは18世紀のカストラートのコスチュームを身にまとい、そ れに見合った化粧もしてポーズするマンゾッティのカバー写真である。実力で彼をしのぐソプラニスとは他にもいるかもしれないが、エンターテイメント精神で 彼をしのぐソプラニストはいないと確信する。Male Soprano Website および Angelo Manzotti official site *リリース年月日、他は全て録音日 |
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